2007年12月30日

「触媒」なるもの

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オリ・ブラフマン/ロッド・A・ベックストローム 糸井恵
『ヒトデはクモよりなぜ強い』日経BP社


ビジネス書で、久しぶりに何か次につながりそうな、すこしワクワクするような本に出会った。ヒトデ(フラット型)対クモ(ヒエラルキー型)という、ありがちの2極化によるわかりやすい説明ゆえの説得力の欠如という部分はさておき、ヒトデ型組織に必要なポイントについて、再度考えてみる価値はあるように思った。

ちなみにクモは、頭を殴られると死ぬが、ヒトデはどこが頭かわからず、5本の足のどこかを失っても生きていけるというようなニュアンスで書かれていた。そして、組織は利権の争いなどが入ってくることで、
ヒトデになったり、クモになったり、変化を続けていくのだと。ヒトデ型のポイントは―
@サークル
A触媒(となる人)
Bイデオロギー
C既存ネットワーク
D推進者
であるという。これは、活動理論に近しい話をしているのだろうと予想がつく。私は、触媒が、スプリングボードに思えてならない。触媒について、後日メモを残しておきたい。

この本の面白みは、ヒトデ型組織=アルカイダを攻めるためにはどうしたらいいかということが書かれている点だ。実践的かどうかはともかく、知的な刺激を受けた。
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2007年12月24日

初音ミクへの誤解

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VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ01
初音ミク(※amazon)

初音ミク(※wiki)とは、オタク系アニメのキャラクターだと勘違いしていたのだが、ぶらぶらとネットサーフィンをしていて、音階と歌詞を入力すれば声優のような声で歌を歌うという、DTM(デスクトップミュージック=コンピュータによる打ち込み音楽)に使用するソフトだと、ようやく理解した。趣味のDTMとはいえ、結構な時間をかけ取り組んでいた時期からかれこれ10年近くになるが、まさか初音ミクが、ボーカロイドのことを指していたのだとは‥。DTMフリークの“仮に「歌もの」を作曲したとしても、実際にうたってくれる人を手っ取り早く見つけたい”というニーズをしっかりキャッチしている商品として、よくできてるなと驚いた。

単なるボーカルソフトではなく、アニオタが好みそうなキャラクターにみたてたことで、DTMフリークたちの心をくすぐった。初音ミクたる人物に、思い思いの妄想を重ね、自分が作ったオリジナルな音楽にのせて、にこにこ動画やYouTubeに「デビュー」させていく。実際はオリジナル曲に混じって、クラッシクや山手線の発車メロディ、ドリフ大爆笑のOP曲、YMOなどのヒット曲などを「うたわせる」ということになっているようだが、いずれにしても「ミクたん」にいろいろな試みをさせて喜んでいるようだ。

「商品の人格化→新しい付加価値をつけた作品の創造→発表の場→閲覧者のコメントや評価+他の人の作品閲覧→新しい付加価値の創造‥」というような、正のスパイラルの形成が、商品としての付加価値を生み出していく。現に、「ネンドロイド」なるキャラクター人形なども発売されたり、シリーズ02での「妹分」が登場予定だったり、ソフトの成功で周辺のビジネスも拡大している。なるほど、今の時代を読んだマーケティング戦略のもとにつくられたパッケージ化の勝利だろう。

個人的には、YouTubeなどを見ていると、関心は持ちつつ、自分であればメインボーカルをはらせるよりも、バッキングなどに使ったり、今後予定されている02.03‥などのシリーズとの組み合わせで、「その声ありき」での楽曲づくりに挑戦できるような気がする。一時のボーカロイドは、使いものにならないと聞いていたが、ここまで進歩していたとは、重ね重ね驚く。時間に余裕があれば、購入を検討してみたい。
タグ:DTM
posted by 4430516 at 16:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 売れる仕組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

吉本菜穂子ファン

いま一番はまっている女優、吉本菜穂子。現在公演中の「劇団、本谷有希子」でも、上手に主役を食わずして、存在感を漂わせていた。ペンギンプルペイルパイルズのぼくもとさきこ にも負けず劣らずの、個性的な演技派。美形ないでたちなのに、オバQのようなアニメキャラ声、芝居の波を常に裏打ちでとりながら、たまに舞台中でメインストリームを歩き始めても、どうも笑いをともなってしまうところが悲しい。

それは多分、下手なケレン味がないということに起因するのだろう。演技していないようにみせる(力の抜けた)演技派、いやそれこそを演技派というのかもしれないが、脱力感が舞台にメリハリを付けてくれる。劇団員をもたない「劇団、本谷有希子」の劇団員的な役割で活躍しているが、来年は積極的に彼女の舞台を観に行きたいと企んでいる。
posted by 4430516 at 13:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・芝居とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

遍路

『遍路』
作・演出:本谷有希子
出演:近藤芳正、馬渕英俚可、池谷のぶえ、加藤啓、江口のりこ、吉本菜穂子
紀ノ国屋ホール

なぜか紀ノ国屋ホールは、安心して観られる。遠からず、近からず、周辺の人もあまり気にならず。若干寝そべって観るからなのかもしれぬ。今回は、かなり良い席に座れたのもラッキーだった。

芝居内容そのものよりも、終焉後の馬渕英俚可の「やり切った感」に圧倒された。こんなに力が入っちゃうものなのだろうか?それを我々に見せるのことがプロとしていいのか。いやそれは芝居ならでの臨場感だろう、そんなのどっちだっていいんじゃないかという思いが錯綜する。

しかし、冷静に考えると馬渕英俚可はその役回りを演出家に求められていたはずだ。本谷有希子がよく描く、いらつき、テンションの高い女性像を演じていた。このテンションの高さをキープし続けるのは、かなり大変なことだろう。終焉後もオーバーヒートするのもよくわかるというものだ。

告知では「今度はホームドラマ」というような歌い文句だったが、これまでの本谷作品の延長上であり、特に目新しさは感じられなかった。都会で生活する者が田舎に帰って、そのギャップにイラつく姿。帰った理由がだいたい都会で失敗して都落ちしたという設定、回りの気遣いでさらにイラつくという展開。シニカルだけど、コミカルに描ける本谷さんの力には脱帽するが、そろそろ夏にやった芝居のような新しい切り口での舞台も期待している。

主人公への気遣いをナチュラルにイヤミなく、しかしコミカルに表現できる吉本菜穂子は、やはり本谷作品にはなくてはならない存在なんだろうと、改めて実感すると同時に、一層、彼女の役者としての魅力にとりつかれた舞台だった。
posted by 4430516 at 02:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・芝居とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秦基博に癒される日

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秦基博『青い蝶』        秦基博『鱗』

投げ出したくはないのだけれど、もう限界!というときがある。多分、仕事においては、僕は他の人よりも臨界点が高いんだろうが、それでもリセットをかけたいときがある。今週のそんな僕を、秦基博は救ってくれた。アップテンポの曲は、極めて普通なのだが、この人の弾き語りには、いつもゾクゾクして聴き入る。特に[dot]というLive曲は素晴らしく、胸に染み入る。。前にも書いたが、やっぱりこの人の曲を聞くと、特に会話もなく河原をぼーっと散歩したり、遠くのビルを眺めてみたりしたくなる。いかん、また逃避行願望が‥。
posted by 4430516 at 02:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お気に入りの音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

懐かしい人からの便り

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原田伸夫 『わが人生マラソン42.195キロ』

懐かしい人から一冊の本が届いた。自分史などの本を勧めている新風書房からの3冊目の出版だという。自分史で3冊目を出すというのは、これまでの本の売れ行きも、他の人のそれに比べれば好調だったのだろう。最初の本などは、平積みにされていたもの。

読んでみると、1990年代に楽しく仕事をさせていただいたことが頭をよぎる。この方には、私がコピーライターらしきものとして、ビジネスキャリアをスタートさせたときから、しばらくマンツーマンで指導いただいた。コピーライティングの基本から、広告の見方、企画の立て方、企画書の作り方など、どちらかといえば技術そのものよりも、ハートを教えていただいたと思っている。多分、座学とOJTをあわせれば、最後の弟子だったろう。

マラソンをやめるという年賀状を昨年いただいていたが、まずはお元気そうでなにより。創業期から会社の基盤を作り上げ、60歳でリタイヤされたが、その理由のひとつに環境問題を考えると右肩上がりの経済成長ばかりを考えているのもどうか‥というニュアンスで書かれている。ここは私の琴線に最も触れるところだ。もっと人に役立っていることが感じられる場にいたいと、最近とても思っているから。
タグ:マラソン
posted by 4430516 at 00:32| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 本とか雑誌とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

どちら側を歩く?

女性をエスコートするときには、男性の利き腕側半歩後ろに女性が来るとよいのだろうが、ビジネスの移動時間に利き腕側を部下が歩くと、精神的にいらつくことが多い。いや、それは部下だからとかいうのではなく、ある目的地に向かうときのナビゲーターとなる者の右側に、しかも並んで立たれると、人を追い抜いたり、右に曲がったりするときに邪魔になり、ナビゲートしにくいのだ。

半歩前とか、後ろならまだしも、並んで歩かれるのは、ちと困る。取り立てて議論をするわけでもなく、ずーっと並んで歩かれるのは、動物占いの「狼」にとっては、精神的に圧迫される。よほど、先にすたすた歩いていってもらったほうがよいのだがなぁ‥だから、こういう人は私の中で勝手に「無神経の人」と決めつけている。それは結構当たっているようで、気遣いができる人ほど、微妙な距離をとっていただける気がする。

一緒に歩いていて、たまに性格を試すときがあるが、狼的に一番イヤなのは、しっかり後をついてくるタイプ。私が左に行くと左へ、早足になると早足に。面白がって、走ってみると、走ってしまう人もいるので、本当に申し訳ないと思いながら、移動することもある。目的地と時間は分かっているのだがら、そんなくっついて歩かなくてもいいじゃん‥と思うのだが、まあ人それぞれか。



posted by 4430516 at 20:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 本とか雑誌とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月13日

単なる疲労を書き込むことへの後ろめたさ

疲れたときに、あー疲れたと言ったら、そうだよねーと共感してくれる人がいるか否かでは、その疲労感も大きく違う。疲れたと言ったら、「なんで?」とか「そんなに忙しいんだぁ」とか言われる前に、共感してくれるほうが、ありがたい。だって、何にも生み出さない言葉だから。そして、そのまま眠りたい。多分いまは、人にやさしくして欲しいのだ。

あー眠れたらどんなにいいだろう。1ヶ月ほど、土日も含めて1週間に2回くらいしか家に帰ってないものな。もうちっと、僕も高く売ろうかなと、ようやく重い腰を上げてみようかと思うが、そう言うときに限って、急に足腰が立たなくなり、関節に痛みを感じる。頭は明瞭で、毎日押し寄せるマネジメントタスクと新規提案タスクをこなそうとしているのだが、体は完全に疲労困憊していることに気づき、愕然とする。

これほど、疲れている時のインタビューほどつらいものはない。いまある企業のコンサルティングに入っていて、いろいろな人のインタビューをしているが、ハイテンションを保たなければならない。わかっていることも、わからないふりをして、驚かなければならない。この芸当は、某先輩から盗んだものだが、かなりのスタミナを要する。これが、日に何本もあるのは自殺行為に等しい。まぁ、今日も癒されぬまま、深夜のワークに突入するが、少し多めに寝ておきたい。でも「疲れた」という言葉は、どこかで吐かないと、ストレスになる。朝、鏡に向かって言うのだけは、みじめだ。
posted by 4430516 at 00:51| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | いわゆる日記の類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

会社は従業員のためにある

収入−人件費を除く経費=利益+人件費
インテックホールディングスの中尾会長兼社長のインタビュー記事で書かれていた。普通なら、収入−経費=利益であるが、人件費を左から右にもってきただけで、人の大きくモチベーションが変わるのではないか。会社という器は、株主だけでなく、従業員のためにもあるということがよくわかる。
posted by 4430516 at 14:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

ベニサンピットという不思議な空間

同僚に演劇をやっていた人がいたので、話をしていたら、ショビショバだの、騒動舎だの活劇工房だの、みやこだの‥という、懐かしい話がでてきた。私とだいぶ近いフィールドで芝居をしていたらしい。まぁ、私は演出家志望だったのだが、結局1本も演出する機会もなく、その世界から「足を洗ってしまった」のだが、いま考えるとサラリーマン演出家として就職してもよかったかもしれないと思うときもある。

週末、激務の合間をみてベニサンピットに行ってきた。稽古場兼劇場というような場所だから、本当に工場の廃墟を活かした空間という感じである。今回の席数は160。かなり小さな客席だ。そこに、北村一輝がでるということで、ほとんどがその女性ファンで埋め尽くされた。

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芝居は岩松了の作・演出の『死ぬまでの短い時間』。感想などは、別の機会に書くとして、演出はベニサンピットの空間の独自性、その荒削りさに旨く助けられたような気がする。この内容を、きれいな劇場でやっていたら、観客は「わけがわからない!」と、納得しないのではないかと。芝居は、きれいな劇場でやればやるほど、わかりやすさやエンタテイメントを求めてくる。

音楽劇だか、シェークスピアだか、不条理劇だがわからない作品は、こういうところでやってもらうのが、落ち着く。いうまでもないが、小屋と演出は大いなるインタラクティブ性がある。機会があれば、また来てみたい小屋だ。

【ベニサンピット】
都営地下鉄新宿線森下駅の北西、徒歩3分。町工場が並ぶ隅田川沿いにある異色の小劇場。かつては染色工場「紅三」があったところで、その工場跡を利用して誕生した。客席は176と小規模だが、劇場以外に広々とした稽古場を備えており、大劇場の芝居稽古場として使われている。2004年度の紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞したTPT(Theatre Project Tokyo)の本拠地として脚光を浴びた。また、蜷川幸雄ほか多数の演出家の舞台稽古が行われることでも知られている。(※引用元)
タグ:演劇 岩松了
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2007年12月02日

日々仮説力

修士課程で研究してきた人のうち、結構な割合で(私が想像する以上に)博士課程に進む社会人の方がいらっしゃる。博士号をとるためならいざしらず、そこまでして研究される熱意と探求心に脱帽するが、いやいや自分も結局同じかもしれないと、最近感じ始めた。

私の仕事はクライアントが、製品やサービスを売れるようにするための支援をする(主にインターネットを使って)ことだ。インターネット技術は日々向上し、施策に対する裏づけがいろいろな角度から取得できるようになったため、何か計画したらその結果が数字で出てくる(もちろん、定性的なデータも大事にするのはいうまでもないが)。

よって、議論も仮説と検証のフレームで行うことが増えた。検証を前提に議論するということは、高い仮説力が求められることに他ならない。これがないと、単に検証用のログデータを垂れ流しするだけである。データなら誰でも取得できる。そこに意味を持たせられるか?がプランナーとしての力が問われるのだ。

この高い仮説力は、学術研究に求められるものと同じだろう。税金で研究している人たちと同じように、私たちはクライアントからお金をもらって、研究しているようなものだ。ただし、スピードとまともな成果が求められる。プロセスも大事かもしれないが、むしろ成果重視だ。ビジネスマンにプロジェクト管理能力が問われるのは、そういうことにも起因している。

そんな生活を毎日送っていると、大学で研究する意欲もなくなる‥のだが、新しい視点で物事を見たいときには、大学に行くというのは有意義だ。だから、この世にあふれたビジネス書に書かれているようなことを研究するのではなく、もっと現場の視点も採り入れた帰納・演繹型の議論ができるようなところを求めているのだが‥。いま一度原点に立ち返ってみようか。
posted by 4430516 at 20:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

仕事の肩書き

自分自身あまり詳しくない技術の商品を売ったり、またそんなのを自分の部下が売ってたりすると、「そんなのリスクヘッジできないよー」というような問題が起こる。ここのところ、部下がしでかした問題解決のために時間を割くことも多いが、謝罪に行くとその企業の特徴がよくわかる。

過日、謝罪先では「そんなお考えでは困るんですよ、部長」「部長にはそうは思っていただきたくないのですが‥」とか、やたらと「ブチョー」と発言して、えらくお怒りであった。私としてみれば、「誰に話しかけているのだろう」と思ったが、どうも私が「ブチョー」らしい。そういえば、私のメールや電話には、やけに丁寧にご対応いただいたいたことを思い出す。このクライアント先は、そういったヒエラルキー体質がプンプンする。

役職で呼ばれるのは、慣れていないせいもあるのだろうが、やはり私には違和感があり、気持ち悪い。仕事における建前をいっているようで、好きではない。確かに仕事だから、割り切りも必要で、そういった場合は役割というものはありがたい。権力を振りかざすというのではなく、単に自分が精神的にやられないようにするための防御策には使えるだろう。たとえば、このクライアント企業のような体質をもったところと渡り合うには、ありがたい「衣」である。
posted by 4430516 at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いわゆる日記の類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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