2008年03月30日

ビジネスはテトリス

玩具メーカー「新世代」の中川社長のコメント(日経ビジネス2008年3月24日号)
「ビジネスは、ゲームで言えばテトリスのようなもの。とりあえず一つひとつ投資しながら事業を積み重ねておく。軸がぶれていなければ、テトリスで長い棒が落ちてきて、積み重なったブロックを一気に消せるように、ビジネスでも大きな長い棒がやってきて、投資のピースがうまく消える」
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2008年03月26日

共著させてもらいました

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イノウ「業界研究会」編
『世界一わかりやすい 広告業界』自由国民社(2008/3)

私は、5章6章でインターネット広告の世界を担当しました。他のみなさんとは、ちらっと顔合わせしただけ。ほぼ単独行動で書き進めたので、協業した感が薄いのですが、いろいろ勉強させてもらい、お世話になりました。また私の同僚で営業のNさん、Kさん、SEMのOさん、Uさんには情報の整理や原稿チェックなどにお付き合いいただき、恐縮です。とても感謝しています。今度は現場のノウハウを、編集したいですね。
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2008年03月23日

ファシリテーターの道具

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森時彦/ファシリテーターの道具研究会 (著)
『ファシリテーターの道具箱』ダイヤモンド社 (2008年3月)

彼岸に実家に帰る車中の中で読んだ1冊。読んだとは言えず、全頁目を通して、自分がやってきたことは間違いではないのだという確認ができたのは良かった。ファシリテーションがうまい人は、大体ここに書いていることは自然とやっているものだ。ただ、それぞれのフレームワークの本質的な使い方やアウトプットの出し方などを知らないと、ファシリテーションしかできないということになる。アウトプットをしてナンボという我々からすれば、さっさとこのくらいの知見は持とうぜ!というところ。

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2008年03月20日

『ムネモパーク』を観る

mnemo01.jpg※写真はWebサイトから
東京国際芸術祭2008年参加作品
『ムネモパーク』
構成・演出:シュテファン・ケーギ  

これまでの演劇的作品の価値観で観ると、面白くない作品かもしれない。しかし、エンターテイメントではない何かがここからは学びだせるような気がしてならなかった。作品の内容については、Webサイトに詳しく書かれているが、実際に舞台で展開される物語もそれ以上でも以下でもない。

鉄道模型好きの4人の高齢者それぞれがつくったモジュールを持ち寄り、全長にして数百メートルのジオラマ(スイスの鉄道風景を再現)を完成させる。これが舞台となる。そのジオラマに、ミニチュアカメラを乗せた機関車を走らせて、みんなでゲームをしたり、インド映画(インド映画の多くはスイス山脈で撮影される)を撮ったりというだけだ。それを延々と1時間半。

意表をつかれた設定だが、ドリフの志村けんや加藤茶が、鉄道模型クラブでコントを繰り広げるというようなものだ(そこまで爆笑はできないが、いわゆる脱力系の笑いはある)。ただ、大きく異なるのは舞台に立っている鉄道模型好きの4人の高齢者(1人女性)が、すべて素人であること。演出のシュテファン・ケーギの発言が、Webサイトに掲載されている。

「僕はほとんどプロの役者と仕事をしない。しばしば演劇のために使われる“役”という言葉が一人一人の社会的役割を表すものであることを、忘れてはならない。」また、彼を論じた文章を見ると、「ケーギは新作の製作にあたり、都市に対する徹底的なリサーチを基に、政治的・社会的な文脈から作品を作り上げる。その過程で出会った一般の人々を、彼は「日常生活のスペシャリストたち」と評し、出演者として起用」するのだそうだ。

なるほど、それがこの舞台の魅力だったのか。鉄道模型が舞台装置としてあって、そこに鉄道模型になんの愛着もない普通の素人を舞台に上げたとしたら‥と想像すれば、容易にわかる。鉄道模型に一生をかけるような人たちだからこそ、この舞台の魅せ方、楽しみ方がよくわかっている。芝居というより、彼らが鉄道模型で遊ぶ姿を、ショーとして完結させたのだろう。

ただ、残念ながら日本人には伝わらないニュアンスが多々あったのだろう。対価に見合うかどうかというと、いまひとつ。今回は特別に息子も連れて行ったが、「鉄道博物館」の模型ショーのほうが面白かったとのこと。そりゃそうだ。この世界は、まだわかるまい。西巣鴨にある元小学校の体育館「にしすがも創造舎」。学校に来た巡回公演を観た頃の気分も味わえる。

mnemo02.jpg※写真はWebサイトから
鉄道模型を運ぶトラック。空輸されてきたそうだが、いろいろ破損もあったらしい。公演終了後は、舞台に行って鉄道模型を間近でみることもできる。

posted by 4430516 at 13:34| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・芝居とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

胡坐をかく人

良いデザイナーがいて、悪いデザイナーがいるように、良い経営者と悪い経営者がいる。そして、その良さは、全く同じレベルで議論しなければならない。同時に、利益配分についても、マネジメントする幅による変数の差はあるとはいえ、基本的には同じように考えられるべきだろう。俺は経営者だということで、人の上に胡坐をかくような人には、結局誰もついて行けない。
posted by 4430516 at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月11日

プロジェクト破綻の影に

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プロジェクトの破綻例はいくつもあるが、どうも企業文化による要因があるものが存在するのではないか。図のように、父権主義的形で活動領域をマネジャーだけがもち、いわゆる中間管理職は目標必達のための行為領域を、それ以下の階級の社員は操作レベルだけの領域で仕事をしている。そんな文化をもつ企業のプロジェクトは、多分右のようになるのではないか?

つまり、クライアントは活動領域におり、プロジェクトマネジャーも活動領域に来て欲しいのだが、行為領域に留まってしまう。決まったことしかしないプロジェクトマネジャー。確かにプロジェクトマネジャーは目標を達成すればいいのだが、決してそれだけはうまくいかないということがわかっていない。逆に、クライアント側が行為のレベルに降りてしまい、プロジェクトマネジャーに活動のレベルを要求したときにも、ミスマッチが起こり、そのプロジェクトは破綻する。

プロジェクトマネジャーは活動領域まで仕事をする必要はないかもしれないが(本当はして欲しいが)、できなければできないなりに、早めにアラートを出す必要がある。このアラートが出せないプロマネも多い。また、企業文化が父権的であれば、アラートを出しても中間管理職が無視もしくは見逃してしまう。何かこのあたりに、プロジェクト問題、企業戦略問題の解決の糸口があるかもしれない。
posted by 4430516 at 09:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月04日

アイデアプロセッサー

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ideaMaster Pro(just systems)

同時進行で新しいアイデアを出さなければならないことが多く、いよいよアウトライン(アイデア)プロセッサーを本格的に使いこなしてみたくなった。インスピレーションでもなく、マインドマップでもなく、パワーポイントやエクセルなどとも同期がとれるようなものを‥と探して、これにした。

会議でみんなが話していることを構造化するのも、本の原稿を書くにも、もちろんアイデアの断片をまとめるのも、問題をツリー化してまとめるのも‥いいかもしれない。便利なのは、スケジューラと連携できるところ。タスクフォースチームでmtgしてから、やるべきことにスケジュールがつくのは、ありがたい。Webサイトマップを書いても、エクセルへの一発変換で階層化される。
タグ:プランナー
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2008年03月03日

教えて君

新入社員のことではない。もっとたちが悪いのが、クライアントの「教えて君」だ。いくら表面的には、下手に構えているとはいえ、これがホールドアップ状態の関係にあるクライアントからの要望だと面倒なことになる。「私たちよりも、いろいろなことを知っているはず。プロの視点でいろいろ教えてください」とはいうものの、それは“最先端の知見をどんどん出してくれ”“成功事例を教えてくれ”、それもタダで―というのが、隠された本音。

さらにその知見を“私たちと付き合いが長いのだから、私たちのビジネスに合うように提案してくれ”という、わがまままで出てくる始末。こちらとしては、仮説を立てて分析してからでないと、なかなかカスタマイズした提案はできないのだが、それにはフィーを払いたくないという。いってみれば、「提案しろ」とはいっても、まともな提案は受け付けないのだ。勢い、提案の質は下がる。しかし逆に、「教えて君」の要求は高くなる。

この負のスパイラルを断ち切るには、どうしたらいいか?いろいろ方法はあるだろうが、私は、私自身が「教えて君」になってしまえばいいと思う。「教えてくれというあなたのことを、教えてください。でないと何を教えたらいいのかわからない。あなたが私に、何を教えたらいいのかわからないのなら、私があなたに、何を教えてくれたらいいのかを教えます。」多分、クライアントは自分のことが見えていないだけだから。正直、ここまでやって無理なら、このクライアントは客ではないだろう。
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2008年03月02日

役職は役割

社長は偉いのか?取締役は偉いのか?部長は偉いのか?職場などで「偉い」という言葉を聞くと、なんか違和感を感じてしまう。役職はあくまでも役割を示しているだけであり、「偉さ」に関係するのだろうか?偉さは、そう思う人の価値観の現れであって、何らかの役職とセットにあるものではない。

さらに、それが給与と明確に結びついてしまっていると、結局専門職が育たない状況に陥る。役職は役割でしかなく、その役割を果たせないのであれば、役職の肩書きをはずしていただくしかない。逆に平社員でも、唯一無二のプロフェッショナルであれば、数千万の給与を出してもいいような環境があってもよいはずだ。

―と、今週(2008年3月3日号)の日経ビジネスの特集「人材奔流」を読んでいて、さらにそんな思いを強めた。特に、社員の言うことに対して、経営層や上司がしっかり耳を傾けるかどうかが、組織を強力なものにできるかどうかを左右する。「聞くこと」それに「応えること」も、役職をもつ人たちの大いなる役割なのに、それを怠りすぎてはいないか?自戒も込めて、再度問いたい。
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