2010年12月23日

プランナー資質の見分け方

業務の合間を見て、当社に応募いただいている学生さんと会っている。会う人はすべて、1次課題をパスした方のみだ。私たちのような仕事の事業の根幹を形作っていく人材は、物事を切り取る視点や仮説力に加えて「ことばをどう扱えるか」がとても重要なスキルだと思っている。ことばは表象だ。イメージだ。だから、イメージを操れないと、抽象度の高いコンセプトメークはできない。

本格的なプランナーとなれる人は、その「ことばの扱い」が優れている。日本語の正しさや美しさもさることながら、ロジック、ターゲットにあわせた言い換え、ボリューム感‥いってみればプレゼンテーションの評価にも似ている。多少の荒さはあったほうがいいのだが、本質的な伸びしろがあるかどうか?が大事だ。

確かに、うまーく書いてくる人もいるが、それが“テクニックだけで書かれたものではない”とわかるような課題の出し方をしている。バランス感覚とデザイン資質は、その後の面接で見ればよい。履歴書は、みなさん一生懸命書いていただいているようだが、基本的に見なくても良い感じ。それこそ就活に力を入れている人の書き方は「うまい」し、就活が下手な人はスカスカだ。僕らは別に就活が上手い人や偏差値の高い人を採用したいわけではない。
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2010年12月18日

「〜かも」が飛び交う組織づくりを。

3ヶ月にわたる講義が終了した。受講生は数チームに分かれて課題をこなしていくのだが、何らかの成果をだしたチームに共通するのは、チーム内の議論の中で、「〜かも」という仮説を語り合う機会が多かったと感じている。いま私が何らかの論文を書くなら、これらのチームの発話調査をしたいなと思うくらい、興味深い内容だった。

「〜かもしれない」という言葉は、誰に語るわけではない発話だろう。ふと、あるファクトから何らかの読み取り方を提示する場合もあれば、方法論を提示する場合もある。誰かにしっかりと伝えようと思って発話するわけでもない、やわらかな内容だ。しかし、こういったやわらかな発話が、相手の脳に何らかの表象を植え付け、さらに別の表象を生み出すというきっかけにはなる。

考えることを生業にしている私たちは、この「〜かもしれない」という発話こそ、思考を補助するものであり、思考を推進するための必要条件になる。そしてこの「〜かもしれない」の前提として「仮に〜だったら」という発話も重要だ。「もし〜だったらさ、〜かもしれないじゃん」という発話が、抽象度が高く複雑な状況の下でどのくらい言えるだろうか?そして、そういう発話が出来る人がどのくらいいるだろうか?

さらに重要なのは、「〜かもしれない」が「なんとなく」ではなく、データに基づいていることだ。データの深度や信憑性はいろいろあろうが、あくまでも何らかの帰納的な情報に基づいた発話であれば、聞く価値はさらにアップする。私たちのような考える系のビジネスをしている組織では、そういった発話をとても大事にしていかなければならないのだと、この研修を終えて強く感じた。
posted by 4430516 at 20:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

自社戦略の質を自ら問う

会社員のときは、自分自身がクライアントに対してマーケティング戦略の支援をしているにも関わらず、自社のマーケティング戦略についても同等のレベル感で議論し、紙を書き、進捗確認と、改善施策の提示と実施というようなことがなぜできないのか?と常々感じていた。明らかに自分が所属していた企業の戦略は、自分が客先に提案しているものよりも検討が不十分であると思っていたが、経営層に入れないと参画は不可能であった。

自分たちで経営をはじめる際に、ようやくその紙が書けた。そして、その紙は机上にとどまらず、責任を伴ったものになった。2年目で社員を雇うようになって、さらに責任の重大さに気づかされ、これから新入社員を迎え入れることで、より明確なロマンと強い意志、実行性が描かれた戦略を紙に落とせないといけないと感じている。ということで、クライアントにいつも提示している戦略資料を、自分自身たちのためにもしっかり描くという癖を、他の役員にもつけてもらわないといけない。
posted by 4430516 at 15:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

40代の効率性、20代の勢い

40代で起業すると決めて、早2年。カラダの衰えとともに、少し効率的に過ごすようになった気がする。今週は毎日プレゼンやらアウトプットを求められたので、毎日0時前には寝て、4時起き、始発で事務所に通った。若いと、勢いがあるので翌日のプレゼンの不安や興奮などもあり、デスクに向かえるかもしれないが、40過ぎるとさすがに無理。まあ、当日2本の資料をつくっていなくても、何とかしてしまう勘所がそろったのかもしれない。

確かにビジネスであるがゆえ、仕事には効率性は重要なのだが、生命力が高く、勢いのある20代に何でもかんでも効率性を求めるのはどうなんだろうと思っている。ダラダラと非効率に働くのはよくない(=仕事の仕方がわからない、単にやる気がない)が、たくさんの「良質な」仕事を用意し、本人も積極的に取り組んでみたいと思うのなら、どんどんやらせてあげるほうがよい。人は失敗して成長するのだから、勢いに任せてみるのもいいだろう。

とはいえ、私は所詮40代なので、自分の体力を考えるともはや効率性を重視する以外にない。若く勢いのある人たちと、年齢を重ねて効率性で仕事をする人たち、これは、お互いを補完しあうという意味で組織の中で共存することに意義がある。どちらに偏っても、あまりうまくいかなくなるのではないか?もちろん、両者とも「楽しく、やる気がある」上のことなので、いざというときには、40代も瞬発力は生かして、深夜まで働くけどさ。
posted by 4430516 at 12:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の構え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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