2010年02月28日

つぶやきは、萌芽したばかりの思考

多分、僕はみんなが使うようにTwitterをつかえていないのだと思う。リアルタイムのコミュニケーションツールとしては、どうも使いこなせない。まぁ、それはそれでいいと思っているのだが、どちらかといえば、その使い方は副次的なものかな。

Twitterの面白さは、その和訳された「つぶやく」にあると思う。あくまでも和訳なので、実際的な意味とは若干ずれはあるだろうが。僕は、つぶやくということばが意味するのは、「自己反省的な状態をことばにしたもの」ではないかと考える(ここでは、反省=反芻という意味です)。

何らかのきっかけ(刺激)より、私たちの意識に変化が訪れ、自分の中で「あ、そういうことか!」「ふーん、なるほどね」「あの時こうしておけば‥」「これ、すっげー!」というような、思いが湧き出たときに、“ふっ”とでたことば。それを切り取ったものが、つぶやきであり、「萌芽したばかりの思考」というような意味が近いような気がしている。

まぁそれを書くという時点で、書き言葉になってしまうわけだが、今度はそれを、できるだけ短く本質を突いた言葉で編集しなおすということで、よりいっそうシャープな輪郭が見えてくる。シャープにすればするほど、くだらないものかもしれないし、なにかすごい発見かもしれない。それは、つぶやく人の好き好きなので、どれが良いというものでもない。

そんな、つぶやきをみながら、また刺激を受けて、つぶやきたくなる‥という“めんどくさい間接的な関係を助けるツール”だと、面白いのにな。と思うのだが、なんだかみんな、フォローの数を競ってみたり、仲間うちだけの直接的なコミュニケーションツールになっていたり、人に知識を見せびらかすようなことにつかっていたり‥

なので、個人的には、僕に刺激を与えてくれるようなことばを、つぶやく人をフォローしたいのだが‥レコメンド的なツールもあるみたいなので、ちょっとがんばってフォローする人を探そうかな。もちろん「tudaる」行為や、企業でツイッターを使った改善活動をしている例もありますが、それはそれで素晴らしいと思う。そんなゴチャゴチャ感が、いま楽しいのかもしれないけどね。
posted by 4430516 at 12:50| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 本とか雑誌とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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